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明治以前の自然災害史

年代月日 場所 種類 備考
允恭天皇5年(416)
7月14日
奈良県 地震 遠飛鳥宮付近で地震、と日本書紀に記述。史書に現れた最初の地震記事
天武天皇13年(684)
10月14日
四国 地震 四国中心に地震。中でも土佐では田圃11平方キロが沈下し、海になる。
天延4年(976)
6月18日
京都 地震 宮城や東寺などが倒壊。結果、元号を貞元に改元。
明応7年(1498)
8月25日
京都から三河 大地震/津波 M8.2〜8.4と言われる明応東海地震が起こる。津波の被害が大きく静岡県だけで二万六千人以上流死、伊勢でも一万五千人以上溺死。またこの津波は浜名湖と遠州灘をつなげた。
文禄5年(1596)
閏7月12日
大分 地震/津波 M7.0の別府地震が発生。その津波は4メートルにものぼった。
文禄5年(1596)
閏7月13日
近畿 大地震 M7.5もの大地震で死者四万五千人以上。伏見城天守閣や方広寺大仏殿などが倒壊
元禄16年(1703)
11月23日
東京・神奈川 大地震 M7.9から8.2の元禄地震。死者は1万人以上
宝永4年(1707)
10月4日
静岡から九州 大地震/津波 史上最大クラスのM8.4の宝永地震が遠州灘沖にて発生。被害は広範囲に及び、中でも高知は大津波が11回も起こった。死者は最低でも2万人以上だと言われている。
明和8年(1771)
3月10日
八重山・宮古郡島 地震/津波 M7.4の八重山地震による津波は村の多くを飲み込み、死者は9313人にものぼった。
弘化4年(1847)
3月24日
長野 地震 M7.4の善光寺地震が善光寺のご開帳の折に発生。参列信者7000人は死亡したが、ちょうど本堂で参っていた人たちは難を逃れた。全体の死者は一万五千人
嘉永7年(1854)
11月4日
東海 地震 M8.4の東海安政地震で沼津から伊勢湾地域に死者二・三千人
嘉永7年(1854)
11月5日
東海から九州 地震 M8.4の安南海地震が上記の東海安政地震の三十二時間後に発生。被害は多さか、和歌山を中心として、広範囲に及んだ。死者は大阪だけで7000人
安政2年(1855)
10月2日
江戸 地震 M6.9直下型の安政江戸地震。被害は下町を中心にして、死者は1万人


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